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硝子の羽根の欠片

なのはに最近熱を入れている二次創作SSサイト。
オタクとか百合とかに興味がない方は見ない方が吉。
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今回はフェイトさんのSSです。
カプ表記のない、カプ要素の一切ない作品となっています。

タイトルはいろいろ考えたものの、そのどれもがなにか違うように思え、最終的に「無題」となりました。
ある意味習作です。
それでもよろしければ、続きからどうぞ。





 世界はいつだって、かけがえのない。




 吐き出した息が真っ白で、降り立ったホームから上空を見れば白が舞っていた。

 日が落ちてから二時間が経過しているとはいえ、三月といえば本来は春の始めというべきだろう。
 空は黒く塗りつぶされ、かろうじて街灯やビルの明かりが目線の近くを灯している。
 しっかり前を留めているコート越しでも、風は寒さを増幅して詰め寄ってくる。

 手を広げれば落ちてきて冷たさを零す雪に、息を吐き水を握りしめた。


 過ぎる、小さな女の子と繋いだ手。
 自分の手の半分くらいの大きさで、小さいなりにしっかり握りしめてくれた。
 暖かく、光っているかのように白くて、自分のものより力強くも感じた。

 開いた手にはまだ水が残っていて、手を払ってそれを振り落とすと雪が平に落ちるより早く握りしめた。
 先ほどまでの冷たさは、少女がくれた温もりの記憶が消してくれた気がした。


 家路を急ぐ人たちはほとんどが既にホームから立ち去っている。
 その背中を追いかけるように、けれど意識して速度をおとし少し歩幅を広げて歩く。
 それだけでいつもより街の景色がよく見えるような気がした。

「変わらないね」
 つぷやく声に応えはない。
 またひとつ、息が白く流れた。

 耳には戦場の気配がこびりついている。対する視界は穏やかな都市風景。
 睡眠は充分にとったし、食事もとった。
 けれど体の芯がブレているような、痺れにも似た感覚が全身のあちこちで起きているのは、まだスイッチが切れていないからか。

 落とした速度に呼び起こされたように、足も重みを増した。
 ともすれば腕に錯覚する命の重み。抱き上げた子供の、必死に生きようとする泣き声がこだましていた。
 自分の呼吸もままならなくなるくらい、こみ上げる激情を涙として世界に訴える。
 喉を引き裂かんばかりの絶叫も、自己を主張するかのようにきつくこちらを握りしめる手に込められた力も、自己を主張するようでいてこちらの存在を確かめさせてくれていた。

 冷たさばかりの風は、まだ幼く軽い体が内に抱え込んでいる重い命の熱さを忘れさせない。



 すっかり闇に沈んだ街並みの中に紛れるように駅を抜けて、しばらくぶりの通り慣れた道を進む。
 降り注ぐ街灯のシャワーは、手探りに進むよりまばゆく道行きを浮かび上がらせる。
 舗装されて危なげのない平坦な地は固く、下ろす足を受け止めることなくただぶつかり合う。

 すれ違う人たちはわずかでもと急ぎ家路を目指す。
 対照的に、朧気な記憶から部屋の惨状がどうなっていたかを思い返そうとする。
 出がけはいつも以上に慌ただしかった気がする。
 朝食を食べた食器は流しにつけておいたはずだが、掃除はしてあっただろうか。
 なんとか今回の荷物をトランクに詰め込んで出てきたけれど、そのとき洋服タンスをちゃんと整えられていただろうか。
 今回の荷物は明日あたり送られてくるはずだが、家の洗濯物は溜まっていただろうか。
 考えていても埒が明かない。まだ、現実感のチャンネルは合わない。


 起伏の激しい土むき出しの道は、道の形を取らずただ押し固められただけのもの。
 石や岩が鋭い切っ先を向けることもあり、体重をのせて確たるポイントで足を踏みしめる。
 周囲さえ危なげで、木々の影も、崩れ落ちそうな建物も、ひとつずつ探っていくしかない。
 些細な変化を見失わないように、常に気を張り詰めている。

 吐き出す息にも音を出させないよう、体の内の動きから最小限に動かしていく。
 瞬間的にその呼吸を留め置くこともできるように。

 住宅から赤味がかった光が零れる平和な街中で、気づけば息を殺していた。


【忘れないでくださいね】
 そう言った人はなにを忘れてはいけないと言っていたんだっただろうか。

 もっとたくさん話をしておけばよかった。
 もっとたくさん一緒にいればよかった。
 もっとしっかり話を聞いていればよかった。
 もっときちんと思いを伝えていればよかった。

 そう考えるときが増えているのは、まだ背の低い頭を撫でてくれたあの手を覚えているから。



 普段よりも多く時間をかけて、見慣れた部屋へと戻ってきた。
 少し離れていたからだろう、無機質で少し空気が悪いように感じられた。
 靴を脱いで鞄を玄関先に置くと、上着を脱ぐ前に中を進み窓を開け放つ。外で散々浴びた冷たい風がすり抜ける。

 ベランダから外を見れば人々の生活のにおいがする。
 夜は雲も空も海も境界をかき消してすべて隠してしまう。
 目を逸らしそうになるほど真っ直ぐに、すべてを覆い尽くすように溢れる日の出の光はすべて在る姿を示す。

 夜と朝が繰り返し順番に訪れ、世界は毎日生まれ変わる。


 数時間後には訪れる朝を前に、ベランダから部屋に引き返す。
 窓を閉めて灯りをつけてみれば、懸念していたような散らかりはなかった。
 上着を脱いでハンガーにかけると、キッチンで飲み物を探す。戸棚にお気に入りの紅茶が残っていた。
 ポットにスイッチを入れてお湯が出来るのを待つ傍ら、冷蔵庫の中を確認して明日の食事を考える。

 懸念なく明日がくることと、食べるものの心配がいらないことに、嘆息する。

 辛い目にあっても、未来はおろか現在も崩れそうでありながら、生きてきた日々が刻まれた微笑みと手。
 不満や不平を気にせず、負に心を譲らず、ただ今を積み重ねていく。
 何年も、何十年もずっと生きてきた人生の先輩は、腰が曲がり小柄に見えて大きな存在感がある。
 その姿は全てを受け入れる寛容さを持っていた。
 逆に元気づけられるともしびのような暖かさを、覚えていたいと思えた。



 ポットが沸騰を告げるまでに着替えようとキッチンを出ると、据え置きの通信端末が目に入った。

 見ればボタンに赤いランプ、留守中に残された録画の存在を告げている。
 求められるようにそこに指が伸びた。再生されるのは、響くのは、家族の姿。

『おかえりなさい、フェイト』


 ここが、帰る場所。

 ここが、世界の起点。

END
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