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硝子の羽根の欠片

なのはに最近熱を入れている二次創作SSサイト。
オタクとか百合とかに興味がない方は見ない方が吉。
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中川教の中の人がすごく頑張っていたので、ボクもそろそろ頑張ります。
ということで(?)、川塚さんからのリクで中学生フェイはや。宗教上の理由でフェイはやが読めない人は退避してください。カプ表記としては「フェイト←はやて」
だって中川さんがお題載せた時に「フェイト←はやて」の印象が強いって書いてたから。お題がそういう感じのチョイスだったし。
水瓶座的な人がお題の作品全部載せられてから掲載しようかとも考えてたんですが、今は仕事に余裕があっても未来に余裕が見えないので予定を変更して今のうちに。水瓶座的な人ごめんなさい、一足お先に戦線離脱するぜ。
タイトルだけでオチが読まれてしまいそうですが、霧島さんこれでもがんばったんだ。昨今のあちこちで流行してる宗教とタイトルにはまったく関係がありませんので、あしからずご了承ください。






   カミサマ <前編>


 ふんわりと、ふわふわと、まるで綿菓子みたいに人懐っこく笑う。
 そんなあなたの笑顔を見てるだけで嬉しくなれる。たとえそれが他の人に向ける社交辞令のものと同じなのだと知っとっても。
 こんなに綺麗な笑顔を惜しげもなく、誰に対しても見せる笑顔にしてしまえるんなら。
 あなたにとって特別な、なのはちゃんにだけ見せるだろう笑顔はどんなものなんやろう。
 きっとわたしには一生見えない、一生届かない。

 あなたのことを月みたいだと最初に例えたのは誰だったやろうか。
 思い出せないけれど、聞いたその時、自分の中で妙に腑に落ちる感じがした。
 優しいところも、わたしが求めても届かないところも、もっとふさわしい対があるところも……。気づけば相似点がいくつも見つかっていく。

 『月が欲しいんだ、月をちょうだい』
 そんな風に言えるような子供時代は送ってきてへんし、そんな我が儘を言ったことは一度だってない。
 だから、わたしは月を手に入れられない。そんな気持ち、間違っているんだ。月はわたしの所有物やない、わたしの手は月に届かへんのやから。
 月の向こう側にはいつだって、太陽が一緒に回っている。
 けれど、ずるいことに月は、沈み込むわたしを照らして暖かい気持ちにさせてもいる。

 月はいつだって遠く高いあの空から、私を見下ろすだけ――


―    §    ―


 帰り支度をしながら、耳がフェイトちゃんの優しい声だけとらえていた。
 今日はフェイトちゃんの仕事がないこと。
 なのはちゃんはすぐに仕事に行かなければいけないこと。
 アリサちゃんは委員会の会議があること。
 すずかちゃんは習い事があること。
 ……あれ?

「今日ははやてと二人だね」
 わたしが気づいた結論を思考とする前に、結論が言葉として音にされて耳から飛び込んできた。声の主であるフェイトちゃんによって。
「……そうみたいやね」
 顔を上げれば、まだ放課後間もない喧噪で賑やかな教室の中で、支度を終えて鞄を持ったフェイトちゃんがわたしの机を挟んで目の前に立っていた。
 せかす素振りを見せるでもなく、かといって長居しようというわけでもなく、彼女はわたしをじっと待っている。
「支度早いな。そんなはよ帰りたいん?」
 フェイトちゃんは隣のクラスだ。わたしとすずかちゃんが同じクラスで、フェイトちゃん、なのはちゃん、アリサちゃんが隣のクラス。
 そんなフェイトちゃんが、わたしの帰り支度が済むより先にわたしのクラスに来ているなんて、よっぽど急ぎなんだろうか。それとも、めちゃくちゃ早く帰りのHRが終わったとか?
「別に早く帰りたいってほどじゃないんだけど、ちょっと課題がたまってるからね。ノートの写しとかも残ってるし。アリサに借りっぱなしだと、アリサが次の授業で困るから」
 苦笑する彼女を見ながら、律儀だな、と思うわたしは不真面目なのかもしれない。
 15歳という年齢で既に就職しているわたしたちは、この世界ではあまりにイレギュラーだった。
 就職先がこの世界ではない世界なのだから、イレギュラーな存在となってしまうのも当然のことだと思うけど。そもそも魔法なんてものが使える時点で、就職以前にイレギュラーやけど。
 しかしこの世界のルールに則って、この世界で中学生としても生きていこうと考えているわたしやなのはちゃん、そしてフェイトちゃんは、就職してるなんて事実とは別問題として、この世界の中学生であるためにそれ相応の努力が必要。つまりは、仕事で学校に出られないならば、仕事でも学校でもない自由に使えるプライベートな時間に、学校に出られなかったフォローを自発的に行わなければならない、ということ。
 そして彼女はきっちりそれをこなそうと自発的に努力するタイプなんや。わたしとは違う。
 例えばわたしなら、すずかちゃんからノートを借りたらその日のうちにコピーを取って返してしまう。おかげで私のノートはすずかちゃんのノートのコピーが貼られまくっているせいで、すずかちゃんのノートの倍くらいの厚みを持っている。
 けれどフェイトちゃんはそういう発想は持たない。いや、時間がなければコピーを取って先にノートを返すくらいはするだろう。けれど、貼り付けて終わり、なんてことはせずに、きちんと自分でノートに書き写す。そら、確かにその方が少しは記憶に引っかかるやろうけど。
「急いでるんなら、先帰ってたってええんやで?」
 早く帰りたいのならば、用事があるならばわたしを置いて先に帰ってればいいのに。
 いつも一緒の五人だけど、必ずそのメンバーで帰らなきゃいけない、なんて規則はないんやから。
「やだよ、はやてと一緒に帰るの久々なんだから」
 はて、久々だっただろうか。彼女の言葉に、思考は過去を辿っていく。
 確かにフェイトちゃんは一週間ほどの艦隊任務に出ていて、今日は久々の登校だった。けどその間会わなかったことを久々というほど、わたしとフェイトちゃんが一緒にいる時間というのは長くないはずだ。
 ――なのはちゃんとなら、ともかく。
「久々やったっけ?」
「そうだよ、私が一週間来られなかったし、その前ははやて、仕事が放課後からあるって先に帰ってたじゃない」
 一週間前ねぇ……。
 あかん、どういう仕事してたかなんて思い出されへん。そんなに仕事詰め込んでるってつもりはないんやけどな。
「そうやったっけ」
「そうだよ。忘れちゃったの?」
 フェイトちゃんがそこまで断言するなら、そうだったのかもしれない。
 仕事に追われていると周りが見えなくなってしまう、というのは、最近自覚したわたしのくせみたいなもんで、それプラス学校まであれば、思い出せないのも不可抗力というやつやろう。先々のことは覚えていても、過去のことは過ぎればよく忘れてしまっていて、思い出すのにいつも一苦労している。
 フェイトちゃんはよう覚えとるなぁ。わたしより忙しいだろうに、わたしの一週間前の様子なんて。
「かもしれへん。最近たくさんのこと覚えられへんくなってきてなぁ。特に終わった仕事なんかはすぐに忘れてまうんよ」
「はやてはいつも前を見てるもんね」
 てっきりダメじゃないか、なんてたしなめとも説教ともとれるような声をかけられると思っていたわたしは、フェイトちゃんの優しい――それは内容も、言葉も、込められた思いも――声に、思わず眼を丸くしてしまった。
「ん? どうかした?」
 わたしの動揺などまったく気にせず、ただわたしのちょっとした変化に気づいた、みたいな調子で聞いてくるフェイトちゃん。
「なんでもあらへんよ」
 胸が少し暖かくなったのに気づかないふりを自分にして、わたしは帰り支度を急ぐことにした。

 月は、いつも綺麗な輝きと一緒に空に浮かんでいる。



「すっかり気温が下がってきてるね」
 フェイトちゃんと並んで学校を出たら、冷え込んだ空気に出迎えられた。
「ほんまやな。もう秋って感じやし、そろそろ鍋もんとかもええかもなぁ」
 冷え込む気温に対して発想したものが鍋、というのは八神家の台所マスターとしての使命やろうか。シャマルも大分料理を覚えてきてるけど、手の込んだものはまだまだ心もとないし。コンビニでもおでんが並んでるくらいやし、今度みんなの休みが揃ったら鍋にしよう。
「あぁ、いいね。体から暖まるしおいしいもんね」
 すぐ横でご機嫌な笑顔を見せる彼女を見ると、話題のチョイスを誤っただろうかと少し考え込んでしまう。
 金の輝く髪に柘榴のような赤を瞳の色として持つ、そんな日本人的な外見とは乖離している――まぁ、日本人はおろか地球人ですらないんだから、当然と言えば当然なんやけど――フェイトちゃんが、こたつに入ってミカンを食べるとか、冬にはお鍋をつつくだなんて、フェイトちゃんのファンからすれば卒倒ものの絵面かもしれない。
 いやどうやろう、フェイトちゃんの性格を知っていればそれくらいで卒倒はせんやろうか。逆に性格を知るほど付き合いのない、遠くから眺めているだけのタイプの人なら卒倒は確実かもしれん。
 わたしの葛藤に気づく気配なく、フェイトちゃんは楽しそうに鍋の種類を思い浮かべていく。
 血色が悪いくらいに白い肌でも、頬のてっぺんだけがほんのり赤みを持っていた。
「おでん、水炊き、湯豆腐、すき焼き、しゃぶしゃぶ、きりたんぽ、ちゃんこ、闇鍋……」
「はっ!? 闇鍋!?」
 まるで味を思い出すように、かみしめるように鍋の種類を挙げていくフェイトちゃんにつられて、それぞれのメニューに思いをはせていたら、最後になにやら不吉な単語が出て、思わずフェイトちゃんに確認してしまった。
 どう考えたって最後のその単語は、それまでのものと同列に並んでいてはいけないものや。
「うん、闇鍋。はやて知らない?」
 わたしの驚きを余所に、フェイトちゃんはいつもの淡々とした調子で、逆に訪ね返してくる始末。
「いや、知ってるけど、フェイトちゃんお気に入りなん?」
 何事もないかのように訪ねられても、どないリアクションせいっちゅーんや。
 さすがに闇鍋がお気に入りとかおいしいとか言われてもうまいリアクション取れへんし、闇鍋について語られたところでフェイトちゃんを置いて走り去るくらいしか出来ひんよ。
 ミッドチルダ育ちのフェイトちゃんが闇鍋なんかよく知ってるなぁ。
「食べたことはないんだ。でもそういうものもあるってすずかに聞いて、一度くらいは食べてみたいなぁって」
 す、すずかちゃん……。案外そういう子なんよね。
 まぁ単純に鍋の種類の話になったかで、そういうものもあると知識だけ教えておこうって思ったんやろうけど。
「……ちなみにどういうお鍋かは聞いたん?」
「ううん。ただ絶対に食べないようにって言われた」
「うん、それでええよ。食べたらあかんよ」
 よかった、ちゃんと釘は刺しておいてくれとった。ただ存在を教えてしまったが故の好奇心を殺すことまではさすがに出来ひんかったか……。
 うっかりリンディさんやエイミィさんの耳に入ってもうたら、好奇心で作りそうやから危険は全然回避されてへん……のかな。
 あれ? リンディさんやエイミィさん……?
「ちなみにその闇鍋について、リンディさんらは知ってるんかな?」
「知らないんじゃないかな。絶対に教えたらダメって、すずかもアリサもなのはも口を揃えてたから私は話してないし」
 三人のコンビプレーか。さすがにあの無敵の母親と無敵の姉貴分のことを、みんなよく理解している。
 二人ともおもしろい事が大好きな上に、フェイトちゃん溺愛しまくっとるから、フェイトちゃんが食べたい言い出したら一も二もなく作るだろう。
 あぁ、けれど。
 わたしは思わず彼女の口から、彼女の特別、彼女の別格の名前を言わせてしまった。
『なのはちゃん』
 その名を口にした彼女が、ほんの少しだけ、さっきより嬉しそうな顔をしているように見えるのは、わたしの歪んだ目のせいなんやろうか。
「はやては食べたことあるの?」
「ないなぁ。さすがにそれでみんなにお腹壊されてもうたら困るし」
 わたしの言葉に、具体的にそれがどういうものであるかを聞かされていないフェイトちゃんは、とても不思議そうに私の話を聞いていた。
「闇鍋って、シグナムでもお腹壊しそうな食べ物なの?」
「お腹を壊す確率は誰であっても等しいんちゃうかな……」
 別にシグナムかて、お腹の中の強度は多分フェイトちゃんと変わらへんし。
 むしろ、フェイトちゃんはシグナムをどう思ってるんやろう。無敵超人みたいなイメージなんやろか。
「へぇー、そうなんだ」
 本気で感心してるよこの子! わたしのつっこみにも限界ってものがあるんやけど……。
 そうか、鍋の中身までは聞いてないんか。何故闇なのか、とかも。


「はやては最近かなり忙しそうだよね」
 どうにか鍋から話を遠ざけようと考えていたら、不意にフェイトちゃんがそんな風に話を振ってきた。
 正直、これ以上いろいろな意味で危険な会話からは離れたかったので、わたしはあまり気にせずその話題転換に乗っかかる。
「そうかぁ? フェイトちゃんの方が大変そうやん。学生との掛け持ちやってるからって仕事手加減してもろてるのに、もう1週間の出張なんて」
 まだまだ見習いの領域を脱するにはほど遠いわたしたちは、それでも少しずつだけどお仕事をもらっている。
 大抵はその1日……場合によってはそれでも2日という期間で済むものばかりだけど、執務官を目指しているフェイトちゃんは、わたしやなのはちゃんよりも長期の任務が割り振られている。
「まだまだだよ。一人前の執務官になったら、3年や5年の長期任務だってあるんだし。滅多にないけど、人によっては10年の長期任務を受けたりもするそうだし」
 そう、艦隊に乗り込み、あらゆる次元世界の間を渡り歩くような任務にだって就くのが、執務官という職種だった。
 フェイトちゃんが2度の失敗を乗り越えてどうにか手に入れた執務官資格。フェイトちゃんにとって、なりたくてしょうがなかった憧れの職業。
 だから、彼女はがんばっている。応援してくれる周りの人もたくさんいるから。
 そんな彼女の強さとわたしの弱さは、一体どこでついてしまった差なんだろう。
「けど、1週間も行ってたら写さなかんノートだって溜まってくばっかやろ?」
 言いながら、きっと借りたアリサちゃんのノートが入ってるだろう、フェイトちゃんの鞄を指さす。
「そうだね。でもまぁ、わかってて選んだ道だから」
 そう言うフェイトちゃんは、わたしのようなまだまだ小娘の、甘い考えなんかを軽くいなすような言葉をさらりと言う。
 何も知らない人からすれば、ほえほえとした天然の気があるお嬢様に見えるだろう。お母さんが提督で、お兄さんが提督で艦船の艦長ともなれば、甘やかされて育ったエリート家系のお嬢さん、ってとこだろうか。けれどフェイトちゃんは今に至るまでに、たくさんの辛いことを乗り越えてきてるわけで。
 別に甘っちょろいぬるま湯な人生を送ってきたつもりはないけれど、それでもこうして言葉の端々に、フェイトちゃんとの覚悟の違いというのか、認識の違いというものを感じる時がある。別に、フェイトちゃんが執務官となることに悲壮なまでの覚悟をしてるってわけでもないんやけどな。
「そう言えるとこが、フェイトちゃんのええとこやな」
「えー? はやてだって、特別捜査官としてがんばってるじゃない」
 ぼそりと呟いてしまった言葉が、フェイトちゃんに聞こえていて、更にそれに対して反応が返ってくるなんて思っていなかった。
 フェイトちゃんの無邪気な発言に、内心でびくっとしてしまった。がんばってる、か。
「わたしは代わりに学校のお勉強は手を抜いてますからー」
 ちゃかしたようにおちゃらけて、その場を切り抜ける。
 がんばってないわけじゃない。がんばってる、とは思う。けれどそれは、フェイトちゃんやなのはちゃんほど誠実で真摯な姿勢じゃない。
 努力の量で結果が変わるなんて思っているわけじゃないけれど、わたしのがんばりはこのまま続けたって、どこにも届かないって気づいてる。
「はやては真面目だから、気負いすぎてるんだよ。大丈夫、はやてのがんばりはちゃんとはやてに返ってくるから」
 なんてさらりと言って、ぽんぽんとわたしの頭を優しく撫でてくる。
 くそう、いくらわたしの方が背が低いからって、そんな簡単に頭を撫でんといてよ。ずるい。
「って、はやて、なんかずいぶん冷たくない?」
 言いながら、フェイトちゃんがわたしの髪の毛を一房取って、じっと凝視してる。
「へ? そんな冷たい? まぁ今日は気温低いけど……」
 って、どうしてそこからわたしの手を掴むんよ!?
 フェイトちゃんは掴んでいたわたしの髪の毛を離して、今度はわたしの手を取る。
 細い、そして長いフェイトちゃんの手に捕らえられて、わたしの手はもう動かせない。
 フェイトちゃんの方がよほど冷たそうに見える、白い肌をしているというのに。
「やっぱり冷たいよ」
 真剣なフェイトちゃんの目が、わたしの手をじっと見つめる。
「そういうフェイトちゃんの手かって、そんなあったかいってほどやないと思うけど」
 強がりしか言えない。だって、手なんか捕まれるなんて思ってへんかったし。
 あぁもうバレてへんやろうか。こんなの、ちゃんと事前にわかってて覚悟しとかへんかったら、心臓がばくばくうるさくなってまうやんか。
「そうかな……」
「外歩いてるからちゃう? 手袋してへんし、セーターで手は隠れへんしな」
 声が裏返ってないことに少しだけ安堵しながら、わたしはもっともなことを言う。
 上着には学校指定のカッターの他にセーターを着ているから、厳しくなり始めた寒さに体温を奪われるということはないけれど、セーターから出てしまわざるをえない手はしょうがないんだってこと。
 大体フェイトちゃんだって同じようなもんやないか。目くじら立てるほど、わたしと彼女の手には温度差なんかない。
「家までもうちょっとやし、そんなに気にせんで…も……」
 思わず言葉が途切れ、そしてかき消える。
 わたしの言葉をどこまで聞いていたのか、フェイトちゃんが掴んだわたしの手に暖かい息を吹きかける。
 一度、二度……息を吸って、その体温で暖めて、吹きかけてわたしの手を暖かくさせようとする。
「ちょっ、フェイトちゃん?」
「ダメなんだからね。風邪も流行りだしたみたいだし、ちゃんと暖かくしなくちゃ」
 なんて言って、わたしの手を掴んだまま子供に言い聞かせるみたいに微笑みを向ける。
 わたしは保護された子供ちゃうんやけどな。フェイトちゃんと同い年なんやで?
「ほら、さっさと帰ろう? これ以上立ち話してたらはやてがもっと冷たくなっちゃう」
 それはわたしだけじゃなくてフェイトちゃんもやろ、なんて言葉は声にならなかった。
 いつの間にか足が止まっていたことだって、今フェイトちゃんに手を引かれて歩き出して、ようやく気づいたくらい……なんやから。
 手を捕まれたまま、促されて歩く様は滑稽に見えたやろうと思う。

 聞き分けの悪い子供にするみたいに甘やかされて、言いようのない気持ちがぐるぐる回る。
 捕まれてる手の温かさと、吹きかけられた息の暖かさが、胸まで暖かくしていた。
 わたしの手を引いてわたしの前を歩く彼女を見て、胸の暖かさが痛みを抱いて少しだけ涙が溢れそうになっていた。
 その背中はわたしの手を引いて、けれど決して振り向いてはくれない。
 こんな痛みを感じるのは、あの雪の日を思い出す時だけでいいはずやのに。


 なぁ、リインフォース。なぁ、アインス。
 あんた以外の人にも同じ痛みを感じてしまうわたしを、あんたは怒るやろうか。それとも、笑って許してくれるんやろうか。

 でもな、届いたらあかんのや。届かないんや。
 月は無邪気に残酷なんや。
 わたしに優しくて、わたしに優しい自覚がない。
 そしていつだって、太陽しか見てへん。
 まるで、わたしが月に向ける眼差しが、間違いでしかないと言わんばかりに。

 月へ向けてこのちっぽけな人間の体で飛ぼうとすれば、やがては力尽きて地上へ墜ちるやろうか。
 そんな度胸も情熱も、月がどれだけ太陽に焦がれているかを知る今のわたしには、持てそうもない。


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