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硝子の羽根の欠片

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弓凛の中編。
二人の関係性みたいなものが書きたかったんだと思う。





 空気さえ黒に染まるような空間だった。重く張り付くような何かが漂う場所で、一人の男が立っていた。
 赤い外套を身にまとう白髪に褐色の肌の持ち主。
 特徴的なその外套を上から押さえつけるように黒い手のようなものが張り付いていた。
 きつく目を閉じてやや上向きになっている顔に表情は浮かんでいない。



 ぜぃはぁと荒い吐息。飛び起きた姿勢そのままに呼吸を整える。寝起きで乾いた咥内が不快に感じ、反射的に出にくくなっている唾液を無理に飲み込んで潤す。大きく一息吐いて体から力が抜ける。
「あれ?」
 一人だけの空間に小さな声が響く。
「わたし何でうなされてたんだっけ?」
 飛び起きた理由が凛には思い出せなかった。不快を拭い去ることが出来たから気づけたのだとしたら、凛は既にいつもの状態に戻れている。
 寝起きでボサボサの頭のまましばし静止。不愉快そうに細められて半分しか見えない目、眉間に向けて下がる両眉などを上から覆うよう顔に右手をあてる。ぶつぶつと口は言葉を紡いでいくが、誰にもその音は聞こえない。仮にこの場に他の誰かがいたとしても。
「あー、思い出せない。なんか変な夢見たような気がしたんだけどな……」
 手を握りながら顔から離していく。
「えっと……時間は……」
 後ろを振り返り目覚まし時計の針の角度を確認する。アラームが鳴り出す数分前。
「これじゃ寝直せないわね」
 まったくもうと憤りをぶつけつつ目覚ましのアラームを解除する。両腕を頭上に伸ばして伸びをした後、凛は気怠そうな動作でベッドから下りる。
「はぁ……今日も学校か……」


 とんとんと階下に降りるとまっすぐ洗面所に向かう。
 本来ならば二度寝の堪能に至りたいところであるが、外では優等生として自分を律している凛はエスケープという選択肢などない。
 洗顔をして人に見せられない状態だった顔を見れるものにする。目を覚ます効果もあるから一石二鳥だ。
 タオルで濡れた顔を拭くと次は台所に移動。ポットに水を注ぎ湯を沸かすようセットすると自室に戻って皺のない制服に着替える。
 姿見で結んだリボンの曲がりを正すとよし、と軽く呟いて学校の鞄を手にまた階下へ。
 リビングのソファに鞄を置くと台所に戻り、紅茶用のポットに茶葉と沸いたばかりの湯を注ぐ。
 今の時間を時計で確認するとまた洗面所に行き、今度は髪を梳いてトレードマークのツインテールに結い上げる。
 台所に取って返すなり時間の確認。紅茶用ポットから愛用のカップに紅茶を注ぎ、一時の安らぎを得る。
「まったく……あいつのせいで朝の一杯が欠かせなくなったわね……」
 不快の色を混じらせる声は優しい笑みの表情から零れた。
 一杯を飲みきるとカップを置いて、残る紅茶をそのままにリビングから鞄をかすめ取って家を出て行く。
「いってきます」

 平日は不変の遠坂凛の朝。常に繰り返される日常の歯車。この朝の光景は今より三ヶ月前から形作られた習慣である。
 朝の一杯の紅茶を楽しめるように待つ間に何かをするという時間の有効活用をすることにした日課は、アーチャーが毎朝出した紅茶によって癖になったためだった。


 夕方、学校のカリキュラムをこなし倦怠感に包まれた身で帰宅する。閑静な住宅街を山の方へと上っていくのが、遠坂邸への向かい方だ。
 急な坂を上っていくと少しずつ豪奢ではない落ち着いたつくりの洋館が見えてくる。
「なっ……何よこれ!?」
 自分の家を見て凛の体が気持ち悪いという感覚を抱く。
 あと少しという自宅までの道のりを駆け出す。切羽詰まった表情は余裕顔の優等生の顔ではなく、魔術師のそれ。

 近づくほどに不快な感覚は強くなっていく。自宅がその原因であることは疑う余地もない。
「朝はなんともなかったのに……!」
 門の前に立ち愚痴るように吐き捨てる。自宅内部に何かがあると体が反応している。得体の知れないものがある時に感じる予知的な感じだ。
「結界はなんともないようね」
 遠坂邸には結界が張ってある。簡単にチェックしたところ変化はない。
「外敵じゃないなら何?」
 遠坂邸は凛だけが暮らしている。外敵でない場合は他の住人が考えられるがその可能性は初めからない。
 色々な可能性を脳内で検討しつつ内部へと入っていくことにした。

「うわ……」
 思わず声が漏れた。反射的なその声は凛が驚いたことを意味する。
 魔術師なんてものをやっている以上、そんなことはあり得ないという場面には幾度も遭遇した。ここぞという時にドジを発動してしまうが凛は優秀な魔術師だ。その凛が警戒しているにも関わらず驚きに声を漏らすなど、これまではあの聖杯戦争を置いてそうはなかった。
「なに……これ……」
 言葉が言葉として出てこない。適切な表現が見つからなかった。体が感じる気持ち悪さ、おぞましさというべきものは強くなる。建物に入るなり肌に感じる空気が変わったと、凛は認識した。
 魔術師は霊的変化に敏感である。霊や魔力というものは一般人には認識できないものであるが、魔術師はそれが認識できないと成り立たない。今の遠坂邸には空気中に混じる不気味な霊力があり、凛の体はそれを敏感に察知した、というのが不快の理由だ。
 深呼吸をして気持ちを落ち着け意識を切り替える。前を見据えて凛は中へと足を進める。
 玄関から近い部屋を順に確かめていく。どこも決定打となる異変はない。
 焦りから足は速まりながら階段を上っていく。
「薄い……」
 濃度が薄まっていることに気づくと凛は立ちつくす。この階に原因はない証明だから。
「2階ではない……けど1階も何も見つからなかっ……」
 呟きながら結論に至る。
「地下!」
 どうして忘れていたのか不思議なほど、その答えは自然だった。地下には地下室が1つあり、凛の工房そのものだ。遠坂邸は落ちた霊脈にあり、地下は最も多くその恩恵を得られる場所。魔術に関することを行う時は常に地下室で行っている。魔術に関連する何かがあるなら、そこが起点と考えるのは当然なのに。
 慌てて身を翻して階段を駆け下りる。1階を通り過ごして地下へ。
 勢いのまま扉を開く。
「な……」
 凛の目には黒い薄靄が漂う空間が見えている。遠坂邸の地下室で間違いない、この薄靄以外は。
 凛の中で問いかけの声が響く。
 前にここを使ったのは、昨日。昨日使ったときに変なことは、していない。経過観察中の実験は、今はない。自分以外にここに来た者は、いない。
 否定ばかりの解答は現状分析を謎に突き落とすばかり。キリがない。
 唾液を飲み込み中に踏み込む。壁にある照明のスイッチを手探りで入れる。
 視界は明るくなり、黒い薄靄が明確になる。圧倒される異様な密度の歪んだ魔力が漂っている。部屋の内装はやはり遠坂邸地下室のもの。まっすぐ家の住居部分から下りてきたのだ、そうそう違ってたまるものか。だがそれは厄介事であることの確約でもある。
 ただ眺めているだけでは何も得られない。凛は中へと進む。周囲への観察を欠かさず、一歩、また一歩と進んでいく。
「ここ……ね」
 部屋の中央、そこが部屋の中でも一番濃度が濃い。
 ただ薄靄があるだけでは他と変わらない。何か明確な違いがあるはずだ。しゃがみ込んで床を見る。床はいつもと変わらないように見える。
「あるとすれば……陣とか?」
 見えていないが、一番濃度が濃い以上何かがある。凛は何気ない動作で手を伸ばして床に触れてみる。
「え? なにこれ?」
 凛の伸ばした指先が床をすり抜ける。水面のように手が床をすり抜け、手を中心に波紋が描かれる。手には何かに触れたという感覚が伝わってこない。
 手を床から離して握りしめる。感覚はある。もう一度床に触れようとすると、はやり手は床に触れずすり抜ける。
 理解不能の事態に直面して、凛は考え得る全ての可能性の検討を放棄した。考えるだけ謎を深めるのだと。
「これ、どーしたものかしら……」
 どうしてこんなことになっているのかという原因究明から、現実の対処へと意識は変わる。この現象の理屈がどうあれ、この薄靄とすり抜けられる床がどうにか出来れば元通りの日常だ。
 為す術も思いつかずすり抜ける手をゆらゆらと揺らしていたその時。
「え!?」
 はっとして周りを見回す。かすかに自分ではない声が凛の耳に届いた。
「今の、声って……」
 かすれたとても小さな音、それを冷静に分析して出た結果。聞き覚えのあるあの声の主はもうその声を凛に聞かせることはない。だからこそ、凛は声がしたことを信じられない。ただ声がした気がしただけ。
 それでも。
「まぁ、どうせ放っておくなんてできないしね……」
 手を抜くとそのまま立ち上がり地下室から出て行く。
 2階の自室に入ると制服から動きやすい私服に着替える。なんとなく中の魔力が空のハート形ペンダントを胸から下げて、宝石をいくつか選ぶ。先の聖杯戦争で、凛が所有していた魔力を中に蓄積した宝石はほとんど消費した。ハート形のペンダントなど凛が所有している中でも段違いの魔力を秘めていたが、今ではスッカラカンになっている。
 遠坂の家系では宝石との相性がとても良く、宝石に自分の魔力を蓄積しておくのは欠かせない。そのため聖杯戦争が終わった後、上質の宝石を揃え直しているが、いかんせん経過した時間がそうないためにまだ数が少ない。またその中の魔力量も推して知るべし。
 それでも正体不明の事態に向かうにあたって何も持たず、というのはあまりに無謀過ぎる。
 常に金欠である遠坂家当主の凛としては惜しかったが、魔術師として私情を切り捨てポケットに忍ばせた。
「そんなに余裕もないし……何かあっても誰かが気づくでしょ」
 士郎に連絡しておこうかとも思ったが、朝は異常がなく帰宅した時には家中に充満していたとなれば、じきに家を漏れ出すのは確実だ。さすがに街に溢れればいくら士郎でも異変に気づくだろう。イリヤだってこっちに住んでいるのだから案ずることはない。また何事もなく戻ってこられればそれでいいのだ。
 自分の部屋を出て1階の台所に寄り道。グラスに水を注いで一気に飲む。気分の悪さがいくらか軽減できた。もっとも、この後またその原因の中へと入っていくので気休めだが。
 グラスを流しに置くと地下に下りて中に入る。やはり室内の様子に変化はない。黒い薄靄の漂う中を進んでいく。
 部屋の中央、すり抜ける床を片足で確認する。やはりすり抜ける。そのまま足を動かしすり抜ける床の範囲と形状を確認していく。
「大丈夫そうね」
 突っ込んでいた片足を引き抜き直立すると、意を決してその中に軽くジャンプした。
 結い上げた黒髪が跳ね、遠坂凛の体は床をすり抜けどこかへいった。



 飛び込んだ先にはなんとか床にあたるものがあるらしい。足に感じた抵抗のままに凛はその場に立った。
 視界はやはり黒い薄靄ばかり。どのような場所か、照明がないのに明るい。しかし中の形状はわからない。
「なんなのかしら……。作られた空間なんだろうけど……」
 言葉にしながら思考する凛のすぐ横を何かが飛んでいった。
「なっ、危ないじゃない! やっぱり何かがわたしを狙ってるのかしら」
 思考作業など中断して凛は憤り怒鳴る。聞く者はいないのに。
 何が飛んでいったのか見てやろうと、何かが飛んでいった方へと歩いていく。そして凛は見つけた。
「これは……莫耶?」
 干将・莫耶という夫婦剣の片割れ、陰剣莫耶。白い刃のそれは床に突き刺さっていた。
 黒い薄靄漂う中、莫耶の白い刀身が視界に入り凛は認識することができたのだろう。
「やっぱりあの声、あいつの……」
 莫耶を見つけて凛は地下室で聞いた声が紛れもなくかの人物のものであると確信を抱く。
 少し考えて凛は刺さっている莫耶を両手で引き抜く。
「うわ、結構重い……」
 本来は双剣として2本を扱うものであるが、凛の腕には1本でも重量過多。両手持ちならば振り回すこともできるが、片手だと持っているだけで精一杯だ。
「ま、装備拡充ってことで勘弁してあげるわ」
 誰が飛ばしたか知らないし、それが自分を狙ったものである可能性も拭いきれないが、凛は飛ばした相手に向けて言う。もし当たっていたらとんでもないことになっていたのにそう言えるのは、遠坂凛の強さであった。
 手に入れたばかりの莫耶を片手に下げ、反対の方向、飛んできた方へと歩き出す。莫耶を飛ばす何かがあるのは確かだ。調べるあてもない今、飛ばしてきたやつの鼻っ柱を叩き折るものいいと思っていた。


 薄靄の中を進んでいくと大きな影を見つけた。まだ距離があるからか、薄靄が間にあるからか、輪郭しか見えない。
 ボスの登場かと好戦的な性格が更に好戦的になっている凛はわくわくしていた。鼻っ柱を効果的に叩き折るにはどうすればいいか、などと考えている。
 近づくたびにその姿が明らかになっていく。そしてそれは見覚えのある者へと変わっていった。
「アーチャー!」
 凛の鋭い声で向こうも凛に気づいたのか、閉じていた目を開いて凛へと向ける。
「まさか凛? 君なのか!?」
 応える声はまぎれもなく聖杯戦争時の相棒、アーチャーのものだった。
「やっぱりアーチャーなのね」
 まさかとは思ったが、応えた声、そして今目の前に立つその容姿はまぎれもなく本人のものだった。
 目の前で立ち止まった凛の姿をアーチャーは上から下へと吟味する。
「やはり君なのか。どうしてこんなところにいるんだ?」
「知らないわよそんなこと。うちの地下室にへんなゲートが通じていて、その影響でこの黒いのが家中充満して空気が澱んでいたの。それでとりあえず来てみたってわけ」
 ふんっと不機嫌に仁王立ち。アーチャーは唖然として凛を見つめていた。
「ふっ、はははっ。君は本当に変わらんな」
「それはそうね、だっわたしはわたしだもの」
 当たり前と凛はアーチャーの言葉をふふっと笑い飛ばす。
「で、貴方こそその黒いものは何?」
 凛はアーチャーの体にいくつも張り付いている黒いものを指さす。
「よくわからん。君との聖杯戦争を終えて本来の場所に戻るはずが、何故かここに来ていた。そしてすぐこの黒い触手に捕らえられたのだ」
「触手……ねぇ」
 ただ事ではないだろうな、と思いつつ、凛は周りを見回す。そばにアーチャーがいる以外、入ってきてから何も変わっていない。どうやらボスはここにはいないらしい。
 触手はこんな近くにいる自分を狙ってこない。ならばボスではないだろう。だって、さっき自分めがけて莫耶が飛んできたから……
 そこまで考えて目の前の囚われのサーヴァントを睨みつける。
「そういえば、さっき莫耶が飛んできたんだけど貴方の仕業?」
「はぁ? 手の自由も効かないのに何故そんなことが出来る」
「でも莫耶なんて貴方しか使わないでしょ? 飛んできた方へ歩いていたら貴方がいたし」
 たきつけるように凛はまくし立てる。しらを切るなどしようものなら許さないとずいと近づいた顔と揺れることのない瞳が脅す。
「囚われた時、とっさに出した干将と莫耶は触手に取られてどうなったかはわからない。もしかしたらそれかもしれないが……」
 迫られて自由の利く頭だけ凛から離れる。つい退いてしまうのは相手がマスターだからか、凛が怖いからか、万に一つでも可能性があるからか。
「ってことは、触手が投げてきた……のかしら?」
「知らん。少なくとも私は投げていないし、そのような場面は見ていない」
 ぎとーっと鋭く睨みつけられて、アーチャーは困っているようだがうろたえている様子はない。言い分に嘘はないと見ていいだろう。アーチャーは嘘をつく時はしれっとして言うだろうから、困惑など表情には出すまいというのが凛の分析だ。
「まぁいいわ。それじゃうちの地下室にこんなところと繋げるようなことした馬鹿はどこ?」
「知らないな。ここに来てから君以外とは何者とも遭遇していない」
「ちっ、役立たず……」
「何か言ったかね?」
 つい漏れてしまった凛の舌打ちと本音を耳ざとく聞いていたアーチャーになんでもないと言って話を流す。
「そういう君はここに来るまで莫耶が飛んできた以外のイベントはなかったのかね?」
「ええ、ここで貴方を見つけた以外はね」
 ここにボスに関する手がかりはない。莫耶が飛んできた先にはアーチャーがいた。アーチャーは莫耶が飛ばされたとは知らないという。ならばここより先を進んでも何かを得られるというあてはない。
「行く先がないわね……。わたしは一体誰の鼻っ柱を叩き折ればいいのかしら?」
 莫耶を飛ばされたということの苛立ちが強まっていく。相手がはっきりしないからこそ凛は怒りを募らせる。相手がはっきりしていれば、その相手に当たればいいだけなのだから。
 握りしめる拳がこもる力でかすかに震えているのを見てしまったアーチャーは、本気で殴る気でいると悟る。
「とりあえず凛、この触手をどうにかできないか?」
「サーヴァントが通りすがりの魔術師に頼るの?」
 やれやれと肩をすくめて見せるとアーチャーはすねて顔を逸らす。
「通りすがりでもなんでもないくせに……」
「何か言った?」
 顔を逸らしたままだというのに、凛が笑顔で睨みつけているのがわかっているのだろう。アーチャーは逸らす顔を更に凛から遠ざける。
「まぁいいわ。でもどうするの? 下手したら貴方もただじゃ済まないでしょ。わたしはいいけど」
 不穏当な発言にアーチャーは凛へと向き直って、やれやれと呆れの表情を向ける。
「さらりとろくでもないことを言うな、君は。とりあえず君が持っている莫耶の表面に魔力を流せないか?」
「莫耶に?」
 凛は持っている莫耶を胸あたりに掲げてみる。
「干将・莫耶をそのまま用いた時はこれらを斬ることが出来なかった。魔力的なものがなければダメージを与えられないのではないかと思ってな」
 なるほど、言われてみれば触手なんて怪しいものに力が通じるとは限らない。この触手の異質なところは触手が伸びてきた先が床であり、床から生えているような状態だ。魔術的な何かが施されていないという方がおかしい。
「表面をコーティングするように流せればいいのかしら?」
「ああ」
 凛は掲げた莫耶の刀身に空いている片手をかざして詠唱を行う。宝石などとは違い、魔力の通りにくい金属に魔力を通すには凛の場合それなりの手順を踏む。手順を踏まずに流したなら流した先から魔力が消滅していくことだろう。
 刀身全体が緑色の光を放つ。凛の魔力が一時的に可視化したのだ。
「こんなものかしら」
「それで触手が斬れるか試してくれ。間違っても私を斬らないように」
「はいはい」
 アーチャーの念押しを軽く流して莫耶を両手に持ち、触手の表面を切っ先でなぞる。そしてなぞった通りに触手に切れ目が走る。
「いけるっ!」
「では手早く頼む。君の魔力がそこから消える前に」
 アーチャーの言葉を聞くまでもなく、凛は触手をすいすい斬っていく。魔力とは自身の中でしか存在しないもの。他のものに流した魔力はすぐに消えてしまう。
 斬られた触手はそのままアーチャーから離れ床へと落ち、沈んで消える。触手が全てなくなるまで、そう時間はかからなかった。


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